「蛇蠍」という言葉をご存知でしょうか。なかなか聞き慣れない言葉かもしれませんが、「蛇蠍」は、相手に対しての「忌み嫌う気持ち」を言い表す言葉です。今回は、「蛇蠍」という言葉の意味と使い方を例文付きで紹介します。また、類語表現や、英語表現も合わせて紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
「蛇蝎」は「だかつ」と読みます。 「蛇」は、音読みで「ジャ・ダ」、訓読みで「へび」と読み、 「蝎」は、音読みで「カツ」、訓読みで「さそり・きくいむし・すくもむし」と読みます。 「じゃかつ」と読まれることもありますが、一般的に「だかつ」と読まれることが多いです。 「蝎」の漢字を「蠍」として、「蛇蠍」と書くこともあります。 「蠍」も、「蝎」と同じく音読みで「カツ」訓読みで「さそり」と読む漢字なので「蛇蠍」と書いても「だかつ」と読みます。
「蛇蠍」の意味は、「人が忌み嫌うものの例え」です。 「蛇蠍」は、漢字の通り「蛇(へび)」と「蝎(さそり)」を指す言葉です。 「蛇」も「蠍」も、昔から人の生活を脅かす生き物として恐れられ、そして嫌われている生き物でした。 今でも「蛇」や「蠍」が好きな人は少数派と言えるでしょう。 そんな「蛇」と「蠍」を、「人が忌み嫌うものの例え」として使用している言葉が「蛇蠍」です。
「蛇蠍」の語源は、『愚禿悲歎述懐』にあります。 『愚禿悲歎述懐』とは、鎌倉時代の浄土真宗における「宗祖」とされている「親鸞(しんらん)」と言われる教えです。 『愚禿悲歎述懐』には、 「悪性さらにやめがたしこころは蛇蠍のごとくなり 修繕も雑読なるゆゑに虚仮の行とぞなづけたる」 と記されています。 これは、「人の悪い本性は、蛇や蠍のように変わりにくいものである。どんなに修行をしても煩悩に毒が混ざっているので、偽りの行なのだ」という意味です。 この「蛇や蠍のようだ」と例えた一文が語源となって、「忌み嫌われているもの」という意味で使用されるようになったと考えられています。
「蛇蠍」という言葉は、「蛇蠍のごとく」という表現で使用されることが多いです。 「〜のごとく」は、助動詞の「如し(ごとし)」の連用形です。 助詞である「の」や「が」がついて、「〜のように」「〜のようで」という意味になります。 しがたって、「蛇蠍のごとく」で「蛇や蠍のように」という意味になり、それだけ激しく嫌っている様子を表現することができます。 主な言い回しとしては、
などがあります。 詳しい使い方については、例文を参考にしてください。
例文
「蛇蝎視」は、「だかつし」と読みます。 「視」は、「みる」「目で見る・じっと見る」という意味で使用されています。 したがって、「蛇蝎視」は、「蛇や蠍を見るように」という意味になります。 「蛇蝎視」は、「蛇や蠍を見るように嫌う」というニュアンスで使用されます。 主な言い回しとしては、
などがあります。
例文
「蛇蝎磨羯の類」は、「だかつまかつのたぐい」と読みます。 「だかつまかつのるい」ではないので注意してください。 「磨羯」は「インドの神話に出てくる怪魚(マカラ)」を指します。 マカラも忌み嫌われる架空の動物です。 「類(たぐい)」は、「似たものの集まり」「なかま」という意味です。 つまり、「蛇蠍磨羯の類」とは、「蛇や蠍、磨羯とおなじ忌み嫌われている仲間・同類である」という意味で使用される表現であるということがわかります。
例文
「蛇蠍の扱い」は、「だかつあつかい」と読みます。 この場合の「扱い」は、「ある身分・役割・状態にあるものとして接すること」という意味で使用されています。 したがって、「蛇蠍の扱い」は「蛇や蠍として扱われる」という意味になります。 つまり、「蛇や蠍のように嫌われている存在として扱われる」ということです。
といった表現で使用されます。
例文
「蛇蠍」を使用した言葉には、「蛇蝎唐津」「蛇蝎釉」などもあります。 「蛇蝎唐津/蛇蝎釉」は、共に陶芸用語です。 「蛇蝎唐津」は、「じゃかつがらつ」と読み、 「蛇蝎釉」は、「じゃかつゆ」よ読みます。 「蛇蝎唐津」は、「唐津焼」という陶器の種類の一つで、「表面が鱗状になっている唐津焼」のことを言います。 「蛇蝎釉」は、「蛇や蠍の肌のような形状になっている釉薬」のことで、「釉薬」は、陶器の表面を覆っているガラス質な部分を指します。
「虫酸が走る」は、「むしずがはしる」と読みます。 「虫唾が走る」と表記されることもありますが、「虫酸が走る」が一般的な表記です。 「虫唾」とは、「胸がむかむかしたときに逆流してくる酸っぱい胃液」のことです。 つまり、「虫酸が走る」は、「胃液が逆流してくるぐらい不愉快に思う」という、嫌悪感を表現しています。 「蛇蠍」も、忌み嫌うという相手に対する嫌悪感を表現している言葉なので、「虫酸が走る」と「蛇蠍」は類語であると言えるでしょう。
例文
「目の敵にする」は、「めのかたきにする」と読みます。 「敵(かたき)」とは、「恨みをもって立ち向かう相手」のことで、「目の敵」は「見るたびに敵として憎悪してしまうこと・敵視すること」という意味があります。 つまり、「目の敵」は姿を見る度に、「憎い」といった嫌な感情を抱いてしまうということを表現しています。 また、「目の敵」の場合、心で「嫌だな」「嫌いだな」と思っているだけではなく実際に、意地悪をしてしまったり、敵意剥き出しな態度で接してしまうようなことを「目の敵にする」などと言います。
例文
「敬してとおざける」は、「けいしてとおざける」と読みます。 「敬して遠ざける」の意味は、「敬うふりをして避けること」という意味のことわざです。 純粋に「尊敬している相手だから馴れ馴れしく出来ない」という意味で使用されることもありますが、表向き「尊敬している存在だからこそ馴れ馴れしくできない」という理由で距離をおいているように見せかけて、本当は嫌いだから遠ざけているだけという意味で使用されます。 「この人とはできれば付き合いたくない」「親しくしたくない」と感じている人に対して使用する 言葉です。
例文
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」は、「ぼうずにくけりゃげさまでにくい」と読みます。 「坊主難けりゃ袈裟まで憎い」は、「憎んでいる人に対しては、その人の持ち物からすべて憎らしく感じてしまう」という意味のことわざです。 「袈裟」とは、僧侶の衣服の一部です。 僧侶の来ている物の、左肩から右脇下にかけて衣を覆う長方形の布が「袈裟」です。 僧侶のことをひどく憎んだ人たちが、憎しみの感情に対して「袈裟まで憎く感じる」といったことから、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざが産まれました。 とにかく、憎くてに憎くて仕方ないという気持ちを言い表しています。
上述してきたように「蛇蠍」をはじめとして、相手に対する「嫌悪感」や「忌み嫌う気持ち」を表現する言葉は沢山ありますが、現代風にいうと「生理的に無理」が一番意味合いが近い日本語であると言えるでしょう。 「生理的に無理」の意味は「本能的に無理であること」です。 「鼻が低いから好きじゃない」「性格が悪いから嫌い」「鈍くさいから苦手」といったように、理由や理屈がなく「何がとかじゃないけど、とにかく無理」といったように本能的に嫌悪感を抱くことです。 主に女性が男性に対して用いられていますが、男性から女性に使うこともあります。
例文
「蛇蠍」という言葉には、これといった「対義語」はありません。 しかし「蛇蠍」は、「忌み嫌う」「嫌う」といった気持ちを表現する言葉です。 したがって、強いていうのであれば嫌ったり、嫌悪感を抱くという意味のある言葉の反対の言葉であれば「蛇蠍」の対義語にあてはまりそうですよね。 それでは、続いて「蛇蠍」の対義語を見ていきましょう。
「恋い慕う」は、「こいしたう」と読みます。 「恋い慕う」の意味は、「相手を恋しいと思い、すがるように寄り添うこと」です。 「恋い慕う」という表現は、相手に対して心を惹かれているという気持ちを表現しているので、つまり相手を魅力的だなと感じているということです。 したがって、「忌み嫌う」「嫌う」という意味のある「蛇蠍」の反対語であると言えるでしょう。
例文
「崇める」は、「この上ないものとして扱う・尊敬する」という意味の表現です。 例えば、自分より仕事ができて頼りになる上司など、自分の目標とする地点にすでに到達していて、「あの人のようになりたい」と心から思える人、尊敬の念をいだく人に対して使用します。 その人のことを、神仏のように崇拝すべき存在として敬意を払う気持ちを言い表しているので、忌み嫌い遠ざけたくなる気持ちを表現している「蛇蠍」という言葉とは、反対の言葉であると言えるでしょう。 「崇める」は本来、神仏などに対して使用する表現であるため、人に対して使用するには少々大げさすぎます。 しかし、現代では「◯◯さんを神のように崇めています」といったように、尊敬する気持ちを「崇める」表現されることが多いです。
例文
「好意」の意味は、
となります。 「好」は「愛する」「このましい」「すぐれている」を意味していて、「意」は「心の中の思い」「気持ち」「考え」を意味しています。 したがって、相手に対して「好ましい」という気持ちを抱いていることを表現している言葉であるということがわかります。 「好意」は、相手に対して特別な感情があるときに使う言葉で、主に異性に対して好ましく思っていることを表すときに用いる表現であるため、「忌み嫌う」という意味のある「蛇蠍」とは反対語であると言えます。
例文
「蛇蝎のごとく嫌う」の「蛇蝎」はただの強調表現なので、英語では「hate」だけで表現することが可能です。 「hate」=「dislike very much」であり、すでに強調された表現なので、副詞を伴って強調することは基本的にしません。
Bill hates his teacher.
ビルは蛇蝎のごとく教師を嫌っている。
「蛇蝎」と同じようには使用しないのですが、どことなく似た表現に「viper」があります。 「viper」は「小さい毒蛇」を意味する単語ですが、比喩的に「信用できない不愉快な人」という意味でも使います。 英語圏でも日本と同じく「蛇」を忌み嫌う存在として扱い比喩表現があるのは興味深いところです。
It's not until I started my new job that I realize I am walking into a nest of vipers.
この仕事をはじめるまで、クソ野郎ばかりの会社に就職していることに気づかなかった。
いかがでしたか? 「蛇蠍」という言葉について理解していただけたでしょうか。 ✓「蛇蝎」の読み方は「だかつ」 ✓「蛇蝎」の意味は「人が忌み嫌うものの例え」 ✓「蛇蝎」の語源は『愚禿悲歎述懐』の一文にある ✓「蛇蠍のごとく」「蛇蠍視」「蛇蝎磨羯の類」といった使い方をする ✓「虫酸が走る」などが類語にあたる など