「疲労困憊」とは「苦しいほどにクタクタに疲れ果てること。精根尽き果てること」を意味します。「疲労困憊」は「ひろうこんぱい」と読み、「困憊」を「こんばい」と読むのは誤りです。「疲労」と「困憊」は共に「疲れ果てる」を意味する二字熟語です。
「疲労困憊」の読み方は「ひろうこんぱい」です。 「困憊」を「こんばい」と読むのは誤りです。 「困憊」の漢字は「昏憊」とも書きます。
「疲労困憊」の意味は「ひどく疲れ果ててしまうこと」です。 ただの疲れではなく、最大級の疲れを表す時に使います。 「疲労」には「くたびれること」、「困憊」には「ひどく疲れること」と同じ意味合いがあります。 これらの熟語を重ねることでより「疲れ」の意味が強調されています。
「疲労困憊」は単なる疲れではなく、苦しいほど疲れ切った状態を表す時に使う四字熟語です。 精神的な疲労と肉体的な疲労どちらにも使うことができます。 「疲労困憊する」の形で使うのが基本です。 他の言い回しには、
などもあります。 先程もご紹介したように、「疲労困憊」は最大級の疲れを表す言葉です。 一時的な疲れ(例えば休憩をしたり1日寝たら取れる疲れなど」に対しては使いません。 また、「疲労困憊」を多用してしまうと、意味が薄れてしまいますので注意しましょう。
「疲れ果てること」と同義の言葉に、
という四字熟語があります。 「倦怠疲労」は「けんたいひろう」と読みます。 意味は「だるさと疲れ。嫌になって体に力が入らなくなること」です。 「倦怠」には「飽きて嫌になること、心身が疲れてだるさを感じること」という意味があります。 「困窮疲労」は「こんきゅうひろう」、「困窮疲弊」は「こんきゅうひへい」と読みます。 どちらも「貧しさに疲れ果てていること」という意味をもつ四字熟語です。 「困窮」には「極めて貧しいこと、困り果てること」という意味が、「疲労・疲弊」には「疲れ果てること」という意味があります。
「ひどく傷ついて疲れ果てている」といった意味での類語です。 「まんしんそうい」と読みます。 「全身が傷だらけになっている」という意が転じて「精神的・肉体的にひどく傷ついていて疲れきっていること」という意味で使います。 「満身」には「全身」、「創痍」には「刃物などで受けた傷」という意味があります。 また「満身創痍」の類語に「百孔千瘡(ひゃっこうせんそう)」「千瘡百孔(せんそうひゃっこう)」という四字熟語があります。 「ひどく傷だらけでぼろぼろであること」という意味です。 「百」と「千」は「数が多いこと」、「孔」は「穴」、「瘡」は「切り傷」という意味があります。
「ひどく疲れて弱ること」という意味をもつ四字熟語です。 「せいひりきじん」と読みます。 精も根も使い果たして、ひどく疲れ切っている様子を表します。 「精疲れ力尽く(せいつかれちからつく)」とも訓読みすることもあります。
「元気がなくなる」といった意味合いでの類語に「意気消沈」があります。 「いきしょうちん」と読み、「気力がなくなってがっかりすること」という意味があります。 「意気」には「気力、元気」という意味が、「消沈」には「気力や元気が衰えなくなること」という意味があります。 「意気消沈」には「疲れ果てる」というニュアンスはありませんが、「疲れ果てた結果元気がなくなる」といった意味合いで使うことができます。 「意気銷沈」と書くこともあります。
「せいこんつきる」と読みます。 「物事をする体力も精神力もなくなりくたくたになること」という意味があります。 「精根」には「物事を成し遂げる精力と根気」という意味があります。 「精根尽き果てる」や「精根を使い果たす」とも言います。
「痩せて衰える」といった意味合いを持つ言葉です。 「しょうすい」と読みます。 意味は「やつれ衰えること、疲れ果てること」です。 「憔」は「心」と「焦げる」いう漢字から成り立っており、「やつれる・心を悩ませて衰える」という意味があります。 「悴」は、「やつれる・やせ衰える」という意味のある漢字です。 なので、「憔悴」とは「やつれ衰える」という意味ということになります。 「疲れる」という意味で誤用されやすい言葉ですが、「憔悴」は病気や心労から心身ともに弱り、痩せ衰えていることが見た目からわかる様子を指しています。
心身ともに疲れ切った様子を表す際に使う表現です。 使い古してボロボロになった雑巾という意が転じて、「憔悴しきって精神的、肉体的に疲弊していること」を表す比喩表現です。 「ボロ雑巾のようになる」などの形で使います。
「疲労困憊」の対義語は「元気溌剌」です。 「げんきはつらつ」と読みます。 「健康で生き生きしていて生命力が満ち溢れていること」という意味です。 「元気」は「心身の活動のもとになる気力」、「溌剌」には「(魚が勢いよく飛び跳ねる意が転じて)生き生きとしていること」という意味があります。 「元気溌溂」と書くこともあります。 また「元気溌剌」と同義の言葉に「生気溌溂」という四字熟語もあります。 つまり、「生気溌溂」も「疲労困憊」の対義語になります。 「元気」を使った他の表現には、
などがあります。
「生き生きと行動する」という意味での対義語です。 「りんぎんやくどう」と読みます。 「銀鱗」は銀色に光る魚のうろこのことを指し、「躍動」は勢いよく動くことを指します。 元々は「魚が生き生きと泳ぎ回ること」という意味があり、その意が転じて人が勢いよく活動することのたとえとして使われるようになりました。
「活力が盛んで元気なさま」といった意味での対義語です。 「いきけんこう」と読みます。 「意気」は「気持ち、元気」という意味が、「軒昂」は「高く上がること」という意味があります。 「意気軒高」とも書きます。 また、「意気軒昂」の類語には「意気揚揚(揚々)」や「意気衝天」などがあります。
「疲労困憊」は「ひどく疲れている状態」のことですから、それを英語で表現すると、
などがあります。 「exhaust」は「疲れ果てさせる」という意味を持つ動詞です。「I exhaust myself by doing...」や「It exhausted me to...」という形で使います。 「exhaust」は形容詞の形で「I'm exhausted.」と使うのが一般的です。 「ひどく」という部分を強調させるために、「完全に、まったく」の意を持つ「completely」「utterly」「absolutely」などの副詞と合わせて使います。 「tired out / worn out / dead tired」はくだけた表現で「疲れ果てて、くたくたになって」という意味があります。 「worn out」は「wear out」の過去分詞で、「擦り切れた」という意が転じて「疲れ切った」という意味で使われます。 「spent」は動詞「spend」の過去分詞です。 「spend」には「お金は時間を使うこと」という意味以外に「力尽きる、疲れ果てる」という意味もあります。 「drained」は動詞「drain」の過去分詞です。 「drain」には「疲れさせる」という意味があります。
By the time we reached the summit we were absolutely exhausted.
山頂に着く頃には、私たちは完全に疲労困憊だった。
We've been working all night and we are worn out.
私達は徹夜で働いていたので疲労困憊しています。
I was utterly drained by the time we got home.
帰宅する頃には完全に疲労困憊にいたっていた。
いかがでしたか? 「疲労困憊」について理解は深まりましたか? ✔読み方は「ひろうこんぱい」 ✔意味は「くたくたに疲れ果てる」 ✔ひどく疲れた状態を表す時に使う ✔類語は「倦怠疲労」「困窮疲労」「満身創痍」「憔悴」など ✔対義語は「元気溌剌」「銀鱗躍動」など ✔英語表現は「exhausted」「tired out」など