「自己憐憫」という言葉をご存知ですか?なかなか聞き慣れない言葉でどういった意味なのかわからない人も多いのではないでしょうか。今回は「自己憐憫」という言葉について、意味や使い方を例文つきで紹介します。また。「自己憐憫」になりやすい人の特徴や、自己憐憫になってしまっている人の接し方、自己憐憫の克服法も合わせて紹介しますのでぜひ参考にしてください。
「自己憐憫」は、「じこれんびん」と読みます。 「自己憐憫」の意味は「自分自身を自分で可哀想だと思うこと」です。 「憐憫(れんびん)」ってなかなか聞き慣れない言葉ですよね。 「憐憫」は、「れんみん」と読むこともありますが、「自己憐憫」の場合「じこれんびん」と読まれることがほとんどです。 「憐」という字は、「哀れむ、悲しむ、惜しむ」といった意味があります。 「憫」という字は、「かわいそうに思う、哀れむ、気の毒に思う」といった意味があります。 この2つが組み合わさり、つよく哀れむ気持ちがあることを表す言葉になりました。 「自己憐憫」は、「憐憫」に「おのれ・自分自身」という意味がある「自己」という言葉をつけています。 例えば、何かミスをしてしまったというような場面で、反省をするよりも「なんで自分はこんなに不幸な目に合わなければいけないんだ...」と悲劇のヒロインになってしまうことを「自己憐憫」といいます。
「自己憐憫」は、自分自身を可哀想だと思っていうような心理状態を言い表すときに使用されます。 主に
といった言い回しで使用されます。 詳しい使い方は、例文を参考にしてください。 近年「自己憐憫」は、パーソナリティーの研究分野の一つとして取り上げられるようになり、どれだけ「自己憐憫」があるか計る場合の目安のことを「自己憐憫尺度」と言うこともあります。
例文
「自己憐憫」・・・・・ 自分自身を自分で可哀想だと思うこと 「自己嫌悪」・・・・・ 自分で自分自身のことが嫌になること
「自己憐憫」と、「自己嫌悪」ってとてもよく似ている言葉ですよね。 しかし、共通点はありますが明確に異なる点もあります。 「自己嫌悪」は、「自分で自分自身のことが嫌になること」です。 「嫌悪」は「ひどく嫌うこと、憎しみ嫌うこと」といった意味になります。 例えば何かミスを犯した時に、そんな自分がとても嫌になってしまう様子を「自己嫌悪」と言います。主にそういった状態になることを「自己嫌悪に陥る」と使います。 つまり、「自己嫌悪」は、「何でこんなこともできないんだろう」「どうしてこんなミスをしてしまうんだろう」というように、自分自身に対して許せない、自分が嫌いだという感情です。 一方の「自己憐憫」は、「自分自身を自分で可哀想だと思うこと」 「自己憐憫」は「なんて自分は可哀想なのだろう」と自分を哀れに思うことですよね。 つまり、「自己憐憫」は自分が嫌いなのではなく、自己愛が強いからこそ「可哀想」と哀れに感じるのであり、「自己憐憫」と「自己嫌悪」には 「自己嫌悪」→自分が嫌い 「自己憐憫」→自分が好き という感情の違いがあるということがわかります。
・悲劇のヒロイン 「悲劇のヒロイン」の意味は、「ドラマや映画の主人公のように不幸を協調する人」です。 自分自身を「悲劇のヒロインになっている」というよりは、大したことでもないのに不幸に打ちひしがれて「私って可哀想でしょ!?」とアピールしているような人を見て、他人が「悲劇のヒロインぶっている」と皮肉っぽく言う表現です。
例文
・被害妄想 「被害妄想」は「ひがいもうそう」と読みます。 「被害妄想」の意味は、「証拠もないのに自分に被害や危害が及ばされていると妄想していること」です。 例えば、ちょっと目線が合っただけで「ずっと見られている!」と思ったり、少し行動が重なっただけで「後をつけられている!ストーカーだ!」と思ってしまうなど、「危害を加えられた」「被害にあった」と勘違いしてしまうことを「被害妄想」といいます。
例文
ナルシストな人は、何かあると自己憐憫になりがちです。 ナルシストの人って、とにかく自分が大好き☆ 自分が一番正しいと思っているので、何か失敗をしても人のせいにして、自分の非を認めません。 なので、ちょっと注意されたりきつく指摘されるようなことがあると「攻撃されている!」と思って「私って可哀想」と思いこんでしまいます。 自分のことが大好きだからこそ、何かあるとすぐに「自分ってなんて可哀想なんだ」という心情に陥ってしまうのです。 せっかく自分のことを思って注意してくれているのに「何も自分は悪くないのにこんなに言われている自分可哀想...」と思って、自分自身を惨めに思うのです。
「メンヘラ」とは、「心に病みを抱えている人」を指す言葉です。 メンヘラ気質な人は、とにかく気持ちが後ろ向きで何かあると悲劇のヒロインぶって落ち込んでしまうようなところがあります。 心がとっても弱いんですよね。 中には「自分のことが自分なんていないほうが良いんだ!」なんて自己嫌悪に陥るタイプもいますが、自己憐憫に陥って「私ってなんて可哀想な人間なんだ...」と思い込んで、私って可哀想!誰か私を救って(泣)とかまっちゃんになってしまうタイプの人も多いです。
「常に自分に注目していてほしい」という「かまってちゃん」も自己憐憫になりがちです。 かまってちゃん」は、通常の人よりも他人に認められたい、注目を浴びたいという欲が強いです。 なので、みんなで集まっているときに、「彼氏に浮気された...」「職場でいびられている」など、なにかと暗い話題を口に出しがちです。 しかし、話を聞いてみると「それは自分が悪いのでは?」と思ってしまうことや「ただの自意識過剰でしょ...」なんて思ってしまうことも。。 わざわざ心配をかけるような話題を口にしたり、「なんて私ってかわいそうなの〜え〜ん(泣)」と大げさに泣いたり嘆いたりして、人に「大丈夫?」と心配してもらうことで注目をあびたいのです。
自己憐憫になりがちな人って、自己中心的な人が多いです。 自己中心的な人って、「世界は自分を中心に回っている」と思いこんでいます。 なので、自分の思い通りにならないことがあると、気にくわなくて憤りを感じてしまいます。 「どうして自分の思い通りにならないの?」「どうして言うことを聞いてくれないの?」 という自分勝手な気持ちが、「誰にもわかってもらえない自分可哀想」「我慢して周りに合わせなきゃいけない自分可哀想」という自己憐憫に繋がります。 そもそも何かあったときに「自分に原意がある」と思うより先に「こんなことになってしまうなんて自分可哀想」と感じるなんてなんて自己中なんだ...!と思いますよね。 自己中心的だからこそ、自己憐憫になってしまうとも言えるでしょう。
自己憐憫になる人って、自意識過剰な人が多いです。 まるでこの世にいるすべての人が、自分に注目をしているかのような考え方をしていて、人からどう見られているか、どう思われているかを気にしています。 だからこそ、自分を他人目線でみて「かわいそうな人間だ」と感じるのです。 誰もそんなこと思ってもいないし、むしろ気にしてもいないのに、「こんな自分を哀れに思っているに違いない」と思いこんでしまっています。 人からの評価を気にしすぎるからこそ、自己憐憫に陥ってしまうのでしょう。 傍からみると、「ただの面倒くさい人」ですよね。
自己憐憫になる人は、とにかく被害者意識が強いです。 常に自分は悪くない、被害者だと思っているからこそ、何かあったときに「なんて自分は可哀想な人間なんだ」と思ってしまうのです。 きちんと、「自分にも非がある」と思えるなら、自己嫌悪に陥ることがあっても「自分は可哀想」なんていう自己憐憫に陥ることはないんですよ。 いつでも他人が悪い、この状況をつくった人悪い、環境が悪い、と思い込んでいる節があります。 上述しているように、自己愛が強いからこそ自分をいつでも被害者だと思うのでしょう。
自己憐憫になってしまう人は、だいたい過度のプライドを持っています。 常にベストで一番な自分でいたい、ベストな自分でいなければダメだという気持ちが強いため、自分のことで常に頭がいっぱいなのです。 なので、ちょっと上手くいかないことがあると、プライドが傷つけられてメソメソあきらめモードになってしまうわけです。 だからこそ、なんてことのないミスでもずーんと酷い落ち込みを見せます。 例えばそんなダメな自分を隠すために表では、高価な持ち物を見せつけてきたり、自分の話題ばかり話をするなどいつも、周りから「すごい」と思わせるような話をしたがる傾向にあります。
自己憐憫になってしまう人って、人の言うことを全く信用できないといった特徴があります。 素直な性格であれば、人の意見やアドバイスを聞き入れることができますが、自己憐憫になってしまう人って、落ち込んでいるときに例え「そんなことないよ、大丈夫だよ」と励ましてもらったりしても「どうせ心では自分のことをバカにしているんだ」なんて思ってしまいます。 アドバイスに関しても、自分を思っているからこそ言ってくれているのに、人間不振だからこそ「攻撃されている」というう捉えてしまうんです。 ちょっと冗談でバカにするようなことを言われたとしても、相手は冗談なのに本気にとらえてイラついたり、落ち込んだりしてしまいます。
自己憐憫な人って、とにかく落ち込みやすいです。 ちょっとのことですぐに傷ついたり、落ち込むなど「メンヘラ」という部分でも紹介したようにメンタルの弱さ目立ちます。 例えば、「ちょっと躓いて転びそうになった」という場合。 「おっと危なかった〜〜〜」で済みそうなことですが、「誰かに見られて笑われているかも、恥ずかしい」「こんな段差で躓くなんてどうして!?」「今日はついていない日なんだ」など色々な思考がめぐって「ほんとについてない人生だな...’可哀想...」と自分自身で思ってしまって、途端に自信をなくしてやる気をなくしてしまったりします。 そして、励ましてくれる人を見つけようと、「ころんだ、痛い、」と大げさにアピールして助けを求めようとします。
自己憐憫になってしまう人って、自己中心的で世界の中心が自分なので、空気の読めない行動や発言が目立つことがあります。 例えば、みんなが楽しい会話をして盛り上がっているのに、恋人に振られた〜だとか、そういった暗い話題をぶっこんでしまうのも、空気が読めないと言えますよね。 励ましてもらったり、元気づけてもらいたいという気持ちはわかるのですが、「自分自分」になりすぎて空気を壊してしまうのはよくありません。 また、自分が会話に入れないというようなときに「自分なんて....」と拗ねてツンとした態度を取るなど子供っぽい一面も目立ちます。
自己憐憫になる人は、嫉妬や妬みといったマイナスな感情を抱くことが多いです。 些細なことでもライバル視してしまったり、ムキになってしまうという人は、かまってちゃんである可能性があります! 自己憐憫になる人って、上述したようにかまってちゃんな部分があって、自分自身を他人から認めてもらいたいと強く思っているので、他人と比べて劣っている部分があるという状況を嫌います。 自分のほうが劣っていると感じると自己憐憫に陥るのです。 つまり、自分より上だと感じる人に対して「嫉妬や妬み」といった感情を抱いてしまうのです。 嫉妬や妬みを感じると、ただ落ち込むだけならまだしも、高圧的な態度になったり人に迷惑をかけるような行動を取ることもあります。
特にメンヘラタイプで自己憐憫になってしまう人は、感情の起伏が激しく、よくわからないタイミングと理由で突然泣き出しり、怒り出すなどヒステリックになってしまうこともあります。 自分に感情を向けて欲しいのに、向けていられないと感じたときに感じた不安な気持ちなどが、「ヒステリック」な状態を引き起こしやすいです。 後から、どうしてあんな状態になってしまったのだろうと後悔することもありますが、「ヒステリック」な状態になってしまっているときは、興奮状態で、自分の感情を抑えることができません。 元々女性は、男性に比べてヒステリックになりやすい人が多いですが、「メンヘラタイプ」の自己憐憫の場合、ヒステリックになってしまう頻度が高いので、一緒にいる人はしんどくなってしまうんですよね。
自己憐憫になる人って、よく過去を振り返ります。 そして、「あのときこうしていればよかった」など、自分の行いを反省したり後悔するのではなく、「あの時◯◯さんが〜...してくれなかったから、今自分はこうなってしまっている」なんてネガティブうな感情に襲われています。 例えば、試験に落ちた過去を、「自分の力不足だった」と思うのではなく、「採用してもらえなかった、落とされた」という相手側のせいにして憎んでいたりします。 誰もが昔を思い出してしまうときがあると思いますが、どう頑張ったって過去に戻ることはできませんよね。。 さらに反省するのではなく、ねちねちと人を憎んでいてるのは時間の無駄です。 しかし、自己憐憫になる人って、そういった無駄な時間を過ごすことが多いんです。
自己憐憫になってしまう人って、言ってもほとんどが自己愛の塊なので、落ち込んでいる自分に声をかけてほしい、慰めてほし、という欲求が強いことが多いです。 そのため、「はあ...」というような主語のない投稿をしたり、意味深なポエムを投稿して「何かあったのかな?」と思わせようとするようなところがあります・ そういった「大丈夫?」という他人からのコメントで承認欲求を満たしているんですよね。 最初こそ心配されて色々な人から声がかかっても、頻度が高いので「またか...」とうんざりしてしまいます。そして、かまってもらえなくなってしまったことでさらに自己憐憫に陥って「どうせ自分なんて...」と思ってしまうという悪循環がおきてしまいます。
ネガティブな思考は、人を自己憐憫にしてしまう原因になります。 何かキッカケがあるわけではなく、そもそもがネガティブなので何が起きても悪い方へと考えてしまいます。そのため他の人ならば気にならないようなこともマイナスに捉えて「なんて自分はついていないんだ」「可哀想」という心理に陥ってしまいます。 そうやってすぐにすべてを周りのせいにするネガティブな性格が、どんどん負のループになって抜け出せなくなってくると辛くて仕方なくなってしまいます。
自己肯定感の低さが原因で自己憐憫になる人は多いです。 自己肯定感とはありのままの自分を受け入れたり認めたりする気持ちのことです。 そのままの自分を受け入れられないと、人に気に入られようとして「良い」自分を演じることになります。 ありのままの自分の姿を認められると、周りの人の目が気になることはありません。 しかし自己憐憫になる人は自分を認めることができずに周りの人の評価や声を頼りに生きています。 そのため常に他人が持つ意識を気にしていて、ちょっとでも自分が劣っていると感じると自分自身を哀れだと思う気持ちが強くなってしまうのです。
両親って子供にとって一番の味方であり、理解者であると言えますよね。 しかし、失敗したことをひどく怒られたり「だからお前はダメなんだよ」といつも否定されるような扱いをされると、どんどん「自分は誰にも認めてもらえない可哀想な人間だ」という意識が強くなっていってしまいます。 そういった、過去の経験やトラウマが影響して大人になっても自分に自信がもてずに常にネガティブで自己憐憫になってしまう人は多いです。
幼少期に、両親や周りの大人たちから甘やかされて育ってきた人は我慢をするということを知りません。 欲しい物は買い与えられて、悪いことをしても怒られず、ワガママも全て聞いてもらえたような子供だった場合、大人になってもその部分が残ってしまうため自分本位になってしまいます。 だから、思い通りにならなかったりしたときに、すべて人のせいにして「なんて自分は可哀想な人間なんだ」と悲劇のヒロインになってしまうのです。 大切に育てられてきたからこそ、あまり辛い思いをする経験がないので、「なんでこんな思いしなけでればいけないの!?」という気持ちになってしまうのでしょう。
とにかく周りと比べてしまうことが、自己憐憫に陥る原因になります。 周りと比べると、どうしても自分の駄目なところとか落ち度を感じやすくなってしまいますよね。 周りの方が出来に焦ったり、数字の評価で比べてしまったりして、自分の出来なさ加減に嫌になってしまいます。 「あの人はここまで出来てるのにどうして自分は出来ていないんだろう」 「みんなは結婚や出産してるのに、自分は恋人すらいないや」 などと周りと比べては自分の状態を全て悪いものと感じてしまい「自分は不幸だ」と感じて惨めな気持ちになるのです。 正直、他人と比べてもあまりいいことはありません。周りの空気を読むことはとても大事ですが、人として人間性や今のステータスを比べることは相手より良くても悪くてもしないようにしましょう。
承認欲求の強さも、自己憐憫に陥る原因になります。 とにかく周りの人に自分の存在を認めて欲しいという気持ちが強いんですよね。 周りの人に心配されたり、「そんなことないよ、大丈夫」と言われることで安心して毎日の生活を送ることができるのです。 なので、とにかくちょっとでも注目されていなかったり、自分の非を指摘されるような場面で「私ってかわいそうな人間なの...」とアピールをして注目されようとしてしまいます。
無駄に夜更しを続けてしまって、寝不足が続いているなど、生活リズムが乱れていると感傷的な気分になりやすいです。 とくに日中は寝不足が原因で気力がなくたってしまったり、気だるさがぬけなかったりします。 そういった心身の疲労が、気持ちをネガティブにさせて、自己憐憫に陥ってしまうのです。 「体が資本」という言葉を耳にしたことがあると思いますが、健康的な体でないと前向きな考え方ってできないことが多いということを覚えておきたいですね。
心身ともに疲れ切っている状態だと、メンタルが弱くなってしまい、わけもなく悲しくなってしまったり、いつもだったら何にも感じないようなことをやたら悲観的に考えて自己憐憫になってしまうようなことがあります。 仕事で忙しくて、なかなか休みがとれないときや、家事や育児でなかなか休むことができない主婦なども、ある日突然自己憐憫的になって爆発してしまいます。 疲れているときってなかなか前向きな気持ちになれないですし、悲観的になります。 現実をなかなか受け入れられず、すべて人のせいにしたくなってしまうんですよね。 自分では気がついていなくても、知らないうちに心がボロボロになってしまっているのかもしれません。
自己憐憫にな人って、とにかく自分のことを認めてほしい、自分の気持ちをわかってほしいと思っています。 なので、アドバイス...と思って色々いってしまうと「自分の気持ちをわかってもらえない」と悲観的な捉え方をしてしまいます。 変に否定をしてしまうと、めんどくさいトラブルになってしまう可能性があるんですよね。 心には思っていなくても、「気持ちわかるよ」など、相手が満足しそうな相槌をうって肯定しておくことが一番でしょう。 イライラしてしまうかもしれませんが、余計に自己憐憫に陥らせてしまうほうがめんどくさいです。 定をせずに「そうだね」と肯定しておきましょう。
とは言え、「うんうん」と相手の意見を肯定するだけでは相手の為になりませんよね。 自己憐憫になる人って自分の意見が一番正しいと思っているし、なかなか歩みよろうとしてくれないことが多いです。 「いや、それは違うでしょ」などと、否定するような言い方をしてしまうとムキになってしまうし、「やっぱりみんなわかってないわ!」思わせて、余計に孤立してしまう可能性が高いです。 なので、否定をするような言い方ではなく、「そういう考えもいいのだけど〜・・・」というように導くような話すように心がけてみてください。 自己憐憫になる人に意見を伝えるときは、自己憐憫な人が受け入れやすい言い方・環境であることが大切であると言えるでしょう。
自己憐憫になっている人って、とにかく「自分かわいそう」というアピールがしたくて仕方ありません。 なので、自己憐憫になっていそうな人には相手の話に耳を傾け「すごいね」など褒める・相手の存在を認めるといった反応をしてあげましょう。 そうすることで、相手の気持ちは一時的であったとしても満たされるので、「ねえ聞いて!わたし凄かわいそうでしょ!」といったアピールが落ち着いてくるでしょう。 「◯◯さんって本当によく気がききますよね」など、認めていますよという気持ちがわかるように、先手を打って褒めておくと、上機嫌で会話をすすめることができます。
自己憐憫になっている人の話しを聞いてあげるのも大切ですが、一緒に楽しいことをしてあげて気分転換に付き合ってあげるのも良いでしょう。 1人でいるときでも楽しめるようなことを教えてあげるのが良いですね。 何かに没頭していると時間はあっという間に過ぎてくので、次第に不安に思っている時間のほうが少くなっていくはずです。
など、何でもいいので時間を忘れて没頭できる趣味を見つけてあげましょう!
自己憐憫になっている人は、「はあ・・・」などの病み系ツイートも多いのですが、いちいち反応することはありません。 だいたいは、ただかまってほしくて感傷的になってますアピールをしているだけです。 「どうしたの?」といちいち聞いていてはキリがないので、スルーしましょう! 「話を聞いてほしい」と相手が言ってくるようなことがあれば、その時はじっくり聞いてあげればいいのです。 いちいち気にしていると、こっちまで気疲れしてしまいますから、自分は自分のことを気にかけてあげましょう。
自己憐憫を克服したい場合は、まずはありのままの自分を受け入れることが必要です。 自分の性格、外見、仕事、人生などを受け入れない限り、状況が変わることはありません。 誰のせいにもしないで、すべて自分が選んで自分の思うように生きてきた結果が今の現状であるということをうけいれましょう。 「自分で選択してきたことだ」と自分自身の行動に責任をもてば、「私可哀想」なんて他人事のような考え方をしなくなるはず。 自分を自分でハグしてみる、自分の好きな所リストを作ってみるなどをしてみましょう。 嫌いだったり悪い部分もあるかもしれませんが、それらをも受け入れられるとバッチリです!
優しくアドバイスをしてくれている人に対して周りの人を無意識に「敵」と思っているあなたは、今すぐそのライバル視を捨てて「味方」だと思いましょう。 人は攻撃し合うために一緒に生活しているわけではありません。 注意をされたりアドバイスをされると「きっとこの人は私のことが嫌いだからだ」とつい敵視してしまうのが自己憐憫になる人です。 しかし他人なあなたを傷つけるために言っているわけではなく、あなたのことを思って親切心で言ってくれています。 ですので攻撃するような態度は取らず、味方ですので大切に付き合っていきましょう。
感謝の気持ちを忘れずに過ごしてみましょう。 つい忘れがちになってしまうのですが、感情の気持ちを実際に相手に伝えることで幸せが広がっていきます。 すべてを人のせいにして悲劇のヒロインぶってしまうのって、周りの人に対する感謝の気持ちがたりませんよね。 直接相手に言葉で伝えられることが理想ですが、いきなりハードルが高いと感じる人もいるでしょう。 そういう人はまず手紙やメールなど文字で伝えることから始めてみましょう! 伝えることに意味があるので伝える手段はあなたが心地よく感じる方法で問題ないです。 感謝の気持をもって過ごせば、謙虚になれます。 謙虚になれればすべてを人のせいにして嘆くことがなくなるはずです。
特に自己憐憫のメンヘラタイプって物事をネガティブに捉えがちです。 ですがそのマイナスな思考は次々とマイナスな事を引き寄せてしまうので、自己憐憫を治したいと思うのであればまずその思考から変えましょう! ポジティブな思考はポジティブな結果を生み出します。 ネガティブに感じるようなことがあっても、まずは心の中で「ありがとう」と言ったり、「これも意味があって起きているんだ!」と学びの姿勢を見せると良いです。 最初は本心でなくてもいいので、ポジティブな言葉を自分から出すことを癖付けてみましょう!
自己憐憫になっている気持ちから卒業するためには自分の感情を上手くコントロールする必要があります。 人間は喜怒哀楽の感情がある生き物ですが、その感情を常にそのまま表現するのは良くない時もあります。 まずあなたに実践していただきたいのが「3秒ルール」です。 感情が高まるようなことがあっても、心の中で3秒数えながらその感情をぐっとこらえます。 すると不思議なことに感情が落ち着くのです。声に出して数を数えても良いかもしれません!
睡眠・食事・運動などの質やバランスを今一度見直してみましょう。 基本的なことなのですが忙しくなると不思議なことにないがしろにしてしまうのが人間です。 生活習慣が乱れると、メンタルが弱くなってネガティブな思考になってしまうことも多いです。 なので、生活習慣が乱れているなと感じる人は少しずつで良いので改善に努めましょう。 質が悪いようであれば良い物へと変えるもしくは変えられるような策を考えることが大切です。 <睡眠>
<食事>
<運動>
自己憐憫を克服するには、気持ちのリフレッシュのためには体を動かすことも大切です。 ウォーキングやジョギングなど軽めの運動を通してストレス発散をしましょう。 ジョギングやウォーキングなどをすると「セロトニン」や「ドーパミン」など心や体に良い影響を与える神経物質が分泌されます。 これらの物質により、自立神経が整い謙虚な気持ちで過ごすことができます。 無理する必要なないので心地の良いスピードでぜひジョギングやウォーキングを取り入れてみてください。
周りの意見などを受け入れず、自分の殻に閉じこもるのではなく、殻を破っていろんな価値観に触れることも大切です。 様々な価値観に触れることで視野を広げることができ、物事の様々な考え方を受け入れられるようになります。 視野の広げ方は、本を読む、ドラマや映画を観る、講演会や勉強会に参加するなどが良いでしょう。 あなた以外の人がどういう考えを持っているのかを知ることで、過剰に反応する自己憐憫な態度を改めることができます。 あなた自身が持っている価値観も正直に伝えることも大切です。相手にとっての学びになるからです。
いかがでしたか? 「自己憐憫」について理解を深めていただいたでしょうか。 スピリチュアリストとして有名な江原哲之さんは、「自己憐憫」を克服するには、「すべては自分の選んだことである」という自己責任をきちんと持つことが大切であると言っています。 「◯◯ができなかった」など、色々なことがありますが、すべて自分の行動力と努力が導いた結果であるという意識をもつことが大切です。 例えば「そんなことを親は教えてくれなかった」など、「誰かがやってくれる」「教えてくれる」という依存心をなくさないかぎり、自己憐憫を抱き続けることになってしまうでしょう。 人生はサバイバルだと思ってたくましく生きていきたいものですね。